それを見た隣の心の卑しい娘は軒に巣くっている燕を引っ張り出し、腰を折り5色の糸で結んでやると飛び去った燕は同じように瓢箪の種を持ってきた。大きくなった瓢箪を切ると其処から蛇が飛び出しそれを見た娘はそのまま息絶えた。

“「腰折れ燕の話は我が国の「宇治拾遺物語」の中にある「すずめ報恩事」にそっくりであります。燕と雀の相違はありますがその話の筋道は全く同じものであります。只、宇治拾遺物語の方は面白く書き延ばしたるのみにてさしたる違いはありませぬ”、“蒙古にはこの様な童話などでも別に書いたものではなく、只、口伝えに聞き覚えているものをまた聞かしてもらったものでありますから、長い年月の間にどんなに変化して来て居るかわかりません”と鳥居きみ子は述べている。

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◇『宇治拾遺物語」に見る「瓢箪と雀』

鍵本文右衛門が何故瓢箪を巣箱として使用したのか暗示する物語がある。十三世紀前半鎌倉時代に書かれたと言われる中世日本の説話集「宇治拾遺物語」である。「宇治拾遺物語」は宇治大納言源隆国が編纂したと言われる天竺、唐、日本の物語197話を集めた説話集である。日本の物語については特に京を中心とした物語が多いので鍵本文右衛門が読んでいた可能性がある。特に雀と瓢箪をめぐる物語は不遇な立場にあった文右衛門には興味のあったテーマだったろう。参考文献として使用したのは明治28年(1895)萬笈閣椀屋書店発行、文学博士黒川真頼大人序、東宮鉄真呂校訂「教科適用 宇治拾遺物語抄」である。「雀のお宿」の尋常小学校教科書取り入れに当たっては、既に教科適用として使用されていたこの東宮鉄真呂校訂が参考に使われた可能性もある。

 その中の「雀、恩に報ずる事」は、親切な老婆と恩を感じた一羽の雀の物語である。
. 一羽の雀が子供の投げた石で腰に怪我をする。老婆は雀を憐れみ、餌を与え看病してやった。回復した雀はその恩返しに”ひさご(瓢箪)”の種を運んできた。老婆が其の種を播くと”ひさご”はみるみる成長をし、食べても、食べても食べつくす事が出来ないほどの沢山の美味しい”ひさご”となった。そして残った大きな”ひさご”を開けてみるとその中には白米が一杯詰まってい

 

あとがき  附1. 現存する約100年前の鍵本家『雀のお宿』瓢箪

住居の取り壊し、その後の新築の時には80数個あった「雀のお宿」瓢箪も現在は10数個残すのみとなった。残された瓢箪の汚破損、消失によって、嘗て、日本文化の中にも存在した野鳥愛護の思想「バードハウス」の証左が消滅して行くことは大きな文化遺産の喪失である。鍵本家に現 存する「雀のお宿」瓢箪は同家の金銭には換え難い遺産であるばかりか、日本の野鳥愛護思想象徴でもある。この「雀のお宿」瓢箪を永久保存するための補強、展示方法等について、今後、鍵本家は無論のこと官民一体となって検討する必要がある。

◇ アメリカインディアンの『ムラサキツバメとインディアン』

していた。彼らがヒョウタンをバードハウスとして何時ごろから使用していたかは詳らかではない。彼らの周囲で生活していたパープル マーチンは非常に怜悧な野鳥でトウモロコシを盗み食いするカラスの群れ、インディアン達が飼育をしていた子犬、鶏、子羊など家畜を殺戮する鷹、鷲等が頭上にやってくると警戒音を発し、インディアン達にその襲来を教えた。また春になると避寒地めきシシコからインディアン達の集落に戻り家を作り、雛を育てる・・・・・こうしたパープル マーチンの生活様式はインディアン達のカレンダーであり、時計の役割を果たしたとも言われている。


本来パープル マーチンは森林の中の樹洞、キツツキの作った巣穴あと、崖の洞窟等に巣を作る習性を持つ野鳥だった。インディアン達はヒョウタンを酒、飲料水等を運ぶ水筒として使用していた。たまたま乾燥させるため樹木に掛けていたヒョウタンにパープル マーチンが巣を作ったのを見たインディアンは自分たちの生活に必要不可欠の情報を教えてくれるパープル マーチンを身近に住まわせる為に作ったのがヒョウタンのバードハウスだった。

アメリカ インディアンはアジア人と言う説がある。カナダの画家が描いた「パープル マーチンとヒョウタンの巣箱」註2の中の住居は「土族学上より観た蒙古」に掲載されている鳥居龍蔵夫妻の写真の背景にある蒙古のパオに非常に類似点が見られる。またアメリカ インディアンの幼児のお尻には、日本人と同様の「蒙古斑点」があると言われている。

蒙古の「腰折燕」の物語、アメリカ インディアンの「ムラサキツバメとヒョウタン」、鍵本家の「雀のお宿」の瓢箪、そして蒙古人、アメリカ インディアン、日本人それぞれお尻に持つ「蒙古斑点」・・・・広いと考えがちな世界もこうして見ると思いのほか狭い世界である。


註1 Alexander Wilson : American Ornithology The Natural History of the birds of United States  Philadelphia Potter & Costs  Smithsonian Institution Library  pp.216 〜218pp

註2 Artwork by Canadian artist Gerard Frisheteau :Purple Martin Conservation Association :Founder and Executive Director James R. Hill V 『Thanks To Native Americans, Purple Martins Underwent a Complete Tradition Shift

註3   写真はモンゴルのパオ前の鳥居龍蔵夫妻  鳥居きみこ著『土族学より観たる蒙古』昭和2年

鍵本家では東海大学織田憲嗣デザイン研究室のバードハウス研究を高く評価し、一個を同研究室に寄贈されたが、織田研究室はこれまで蒐集してきたバードハウスと共に将来「雀のお宿」瓢箪を一般に公開する予定である。*( 本稿はジャパンパードフェスティバル2009で発表した原稿をもとに更に調査を進め、2010東海大学北方調査研究室所報に発表した原稿の一部である。本調査にあたっては京都伏見深草鍵本家ご一家のご協力を戴きました。厚くお礼申しあげます。)(April 23,2010)
注3

この蒙古の民話と大変似ているのが、アメリカのバードハウスの起源と言われるアメリカ先住民族インディアンが使用していたパープル マーチン(ムラサキツバメ)の瓢箪の巣箱である。アメリカ鳥類学の創始者と言われるアレキサンダー ウィルソン(1766〜1813)は“孤独な生活をしていたインディアン達はパープル マーチンに対して特別の尊敬心を持ち”、“自分たちの村落の周辺に多数のヒョウタンを使ってバードハウスを作り、野生のパ−プル マーチンをSemi domesticated(飼いならし)共生を図っていた。”と述べている。注1 

 約一万三千年前、氷結したベーリング海峡を渡り米大陸に移住したアメリカ先住民族アメリカ インディアンは、モンゴルの遊牧民たちが使用しているような饅頭方パオ様式のテントで生活、トウモロコシ等を栽培、集落を形成

 

宇治拾遺物語の序に“天竺の事もあり、大唐の事もあり、日本の事もあり。それが内に尊き事もあり、きたなき事もあり、少々は空物語もあり、利口なる事もあり、様々やうやうなり”と記されているが、「腰折雀」の物語を蒙古の民話の中に発見したのが、蒙古の研究者として著名な考古学者、人類学者、民族学者である鳥居龍蔵(1870〜1953)の妻きみ子であった。 
 彼女は明治39年〜明治41年(1906〜1908)にかけて蒙古王府の家庭教師を勤め、また夫鳥居龍蔵の蒙古調査に随行し、自らも女性の立場から土族学の研究を行い、昭和2年(1927)「土族学より観たる蒙古」と題する1200ページの大冊子を著し女性民俗学者の草分けとしての地位を築いた。
 「黄金の杯」第26章「童話の研究」の中で、鳥居きみ子は“7月10日、今日、女生徒より聞き得たる「腰折燕」の話は我が宇治拾遺物語の中に見ゆる「腰折雀」とまかうかたもなく、相似たる、さては舌切雀にも似通ひたるふしのいとおもしろく童話の別冊に書き入れぬ“と述べている。

或る日一人の娘が衣を縫っているとそこに一羽の腰の折れた燕が落ちてきた。娘は憐れみ赤、白黄、青、黒の5色の糸で結んでやった。回復した燕は喜んで飛び去ったが、何処からか瓢箪の種を持ってきてくれた。種を播くと瓢箪が芽生え大きくなったので切ってみると中から米が出てきた。毎日、毎日米を食べる事が出来た。それまで貧しかった娘の家は豊かになった。

 

た。この話を聞いた隣の強欲な老婆は、わざと雀に石を投げ、腰を負傷させ、親切ごかしに看病をした。回復した雀は御礼に”ひさご”の種を持ってきたが、大きくなった”ひさご”は不味く食べられるものではなかった。その上、七つ八つの”ひさご”より、「そこらの毒虫ども“虻、蜂、むかで、とかげ、くちはな(蛇)” 出でて子どもをも刺し、食い、女をば刺し殺してけり。雀の腰を打ち折られて、妬と思いて、万の虫ども語らい入れたるけるなり。隣の雀は、もと腰折れて鳥の命鳥ぬベかりしを、養い生けたれば、うれしと思いけるなり。されば、物羨みはすまじき事なり。

 新潮日本古典集成「宇治拾遺物語」校註者大島建彦氏によると、この話と同じような、腰折雀(腰折れたる雀)の瓢箪と雀の物語は、山形県西置賜郡白鷹町、福井県遠敷郡名田庄村、京都府竹野郡弥生町等々日本各地45市町村の民話の中にあると言う。これだけ一般的に流布されていた民話でありながら、「雀のお宿」として瓢箪を使用した人物は鍵本文右衛門を除いては見当たらない。また舌切雀の源流を、滝沢馬琴、喜多村信節は「捜神記」としているのに対して、「日本お伽集」は「宇治拾遺物語」源流説をとっている。(July 3,2010)

IZUTSU LAB OF BIRD HABITAT 2
註2
◇ 鳥居きみ子の発見した蒙古の『腰折燕と瓢箪』